一年は十二ケ月だが、月の代わり目に大きな意味があるのは一月と四月だろう。日本の暦に馴染んできた人々にはそう感ぜられる。以前は3月25日卒業式、4月1日入学式というのが普通であった。最近はそれぞれの事情で、少しずつ変わってきている。そもそも「季節」という概念は自然の変化と人間の営む行事と一体になっているものである。それは日本だけでなく、外国での それぞれの地域での異なった自然の気候と当の社会の営みが連結しているところはどこでも同じである。ただ、日本人はその移り変わる季節の推移に特別な関心を示してきた。だだ最近地球温暖化とかの影響で季節の移り変わりに変化が現れてきたているようだ。これからどのように変化していくか、見守っていかなければならない。しかし、これまでは誰しもが少なくとも季節に順応して生きて来たのに対して、季節に逆らってまで生き延びようとする傾向が現今強くなってきたことは疑いない。それがいいことなのか、あるいは人間存在の宿命のようなものか、私には判断がつきかねている。そんな時思い出させるのは夭折した人たちのことである。短い時間ではあっても、夭折した人たちは生きた時代を自覚的に反省する暇もなく感覚的に体験し、それ故にその時代がもたらしているものを、若き感性でうまく作品に結晶させているからである。幸運というより外にない。不幸が不幸であることによってのみ生ずる「幸い」もあるのだ。長く生きたらそうは行かない。時代の変化を比較し価値判断を強いられ、結局何も出来ずに時間が過ぎて行き、自己嫌悪にさえ陥ることがあるからである。
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今年ももう弥生、3月になってしまった。
私は、春先によく思うことがある。夭折した人たちのことでる。なぜ春先なのかよくわからない。3月は別れの季節だからかも知れない。「春なのにお別れですか、、、涙がこぼれます」(中島みゆき)一見俗な歌詞だが、この時期にふさわしい別れの季節感が伝わってくる。「春なのに」という言葉がリフレインされ「別れ」ることとの連関が奇妙に悲しく聞こえ、それがずっと残り続ける。この季節とともに何かが終わり、何かが始まるのだ、と。昔から季節と行事が深く関わってくるのは、深い必然性があるのだと思う。しかも春の行事はどこか哀しい。「雛祭り」がそうである。「明かりをつけましょぼんぼりに、、、」「、、、今日はうれしいひな祭り」と歌いながらも、聞いているとどこか哀しさが響いてくる。大分県の江戸時代から天領として栄えた日田市の「おひなさま祭り」は有名で、たとえば古い町並みの豆田町にある旧家草野本家には素晴らしい雛壇が飾られている、160体ぐらいはあるであろうか、江戸時代の古いものから明治・大正・昭和あるいは平成に至るまでのものがずらりと並んでいて、雛壇の博物館のようになっている。見ていて興味深く飽きることはない。ただ、一つ一つの雛を見ればそれなりの時代、それなりの姿があるが、これだけ多くずらりと並べてしまうと、ひな祭りがかもし出す、楽しいけれど、華やかな明るさではなくどことなく悲しみが漂う暗さのような情感が失われてしまうような感じがしてくることも確かだ。展示されたたくさんの雛人形の集約体は、娘たちの遊びからくる、幼いながらもそれぞれが子供時代の経験を可能にする場を作る行事というよりは、多くの見物人が集まる見世物的要素を強くし博物館化てしまうからであろう。そこから悲しみが消えてしまうのである。草野家のひな祭りにも、以前は、そこはかとない悲しみのような何かががこの座敷には漂っていたに違いない。
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立春が過ぎたというのに、寒い。ここにきて「春は名のみの、風の寒さよ、、、」と感じた人は多いと思う。それにしても、昨今の気象の変化にはどこか異常に感じるところがある。地球自体に変化が起き始めているようにさえ感ずる。しかもその変化は社会の、文化の、言語の変化と何処か連動しているのではないか、と思われる。というより、人間そのものがこれまで「人間」という名前で呼んできた、その何かに変化が起き始めているのではないか、とさえ感ずる。はっきりした具体的な根拠があるわけではないが、どこかで「人間」という名前はそろそろ返上する時が来ているのではないかとさえ、最近強く思うのである。そこまで言わなくても、現在の世界情勢、現今の日本社会の動きを見ていると大きな変化、質的な変化が起きていることは確かである。変化自体もさることながら、問題はその変化に対する判断が難しいことである。
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最近よくわからない言葉が多いような気がする。特別な業界用語は別としても、英語の頭文字だけをとった言葉や流行語など、普通に新聞に載っている言葉でもわからないものが多い。報道機関(新聞、テレビ、ラジオなどのマスコミ)では、使用できる言葉は選別しているのだろうが、その基準をどこにおいているのだろう。私の知識の無さや年齢のせいかもしれないが、それにしても分からない言葉が多い。昔から使われていて自分に分からない言葉は、辞書を引けば、音読み・訓読み・その言葉の意味と使用例は大体理解できる。しかし、現在使われている言葉でも辞書に載っていない言葉もいくらでもある。『現代語の基礎知識』(『イミダス』『知恵蔵』など)のような、新語や流行語などを加えて毎年書き換えられる書物を見ないとわからないものが多いし、それにも載っていないものもたくさんある。 Read More →

新暦の一月はまだ寒い。しかし、正月を過ぎると「七草粥」「どんど焼き(女正月)」が来る頃になると、春への思いが強くなってくる。私はなぜか、春は来るのではなく待つものだという思いが子供の頃からあった。理由はよくわからない。ただ、「夏は来ぬ」とか「秋が来た」あるいはすぐ「冬が来る」とかは言うが、もう「春が来た」とはあまり言わないような気がする。「春よ来い、春よ来い」という歌も、内実は「春を待っている」歌である。「春が来た、春が来た、どこに来た、、、野にも来た」という歌詞も「待っていた春」がやっと来たという感じがするのは、私だけだろうか。
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今年も残り少なくなりました。
よく年末に「今年の流行語」などということが話題になる。今年は4つの言葉が選ばれていた。どれもそれなりに今年の世相を映し出している、と思った。今年私が感じたのは、世界がまたとなく変貌し始めたという感覚だった。そこには人間自体が類的な変化に向かっている、大げさに言えば「終末論的」とさえ言えるような状況が来たといった感覚である。「終末論的」などと言っても、その内実はよく分からず具体性を持っていない。ただそこには「深い闇のような謎めいた世界へと没落していく」というイメージがついてまわるようだ。にも関わらず、あるいはそれ故にかいつの時代でも、そのような感覚を持つ人はいたし、現代もいるに違いない。そう考えれば、私だけが特殊だとは思わないが、今年は、人類は「決して解けない問題」を抱えながら長い歴史を生きて来たのだ、という感慨が強くなったことは確かだ。しかも、その「決して解けない」ということが「現今」いろいろな面で顕になってきたように思えてしかたがない。さらに問題なのは「解けないこと」を「解いたかのように」あるいは「解けるかのように」錯覚していることである。まさに「ならぬものはなりませぬ」の認識を欠いているところに問題が在るのだ。
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「家居旅心」とは聞き慣れない言葉である。普通の国語辞典には出ていない。しかし特殊な意味を詮索しなければ、なんとなく理解できる言葉である。家に居ながら、旅のことを考えたり、旅に出たような感覚にとらわれたりすることである。どこか旅に出たいなあ、と思うようなことまで含めれば、だれでもが普通に感ずることである。特別な意味があるようには思えない。
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暑かった夏が懐かしいように、11月になってしまった。
最近よく、同級生や友人、昔会ったことがあったことがあるが、このところずっと会わずに過ごしてしまっている人が気になるようになった。その人は今はどうしているだろうか、またお会いしてみたいと思うことが多くなった。そこには「もう一度」という感慨が作用していることは間違いない。それに、みんなどこで、どのようなことを考え、どのように生活しているのだろう、と考えるとその思いは何か特別な切実ささえ感ずる。この人は、あの人は、かの人は今?
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室生犀星の『抒情小曲集』にある
「ふるさとは遠くにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの」
という詩句は「ふるさと」という言葉のもつ二重性をよく表している。思いと現実とがどこかで引き裂かれ、ちぐはぐになっている感じがよく表されている。帰りたいのだが帰れない、あるいは帰ってはならない、帰れば「ふるさと」ではなくなるというアンヴィヴァレンツな感情が「帰るところにあるまじや」と続くリフレインによく出ている。犀星は金沢の出身だが、金沢に帰ることは殆ど無かったという。しかし、逆説的に犀星は、ふるさと金沢に帰りたかったに違いない。この詩を読んでいると、過ぎ去らない苦の記憶を昇華させて今にも帰りたかったように思えてくる。だからこそ「遠くにありて思ふもの」という言葉が出て来たのである。しかし実には帰れなかったのである。多かれ少なかれ、私たちにとって「ふるさと」はいろいろな意味で「二重性」をはらんだ、時には矛盾する存在でもある。啄木が「石をもて追われるごとく」去らねばならなかった渋民村も「帰るところにありまじき」ところではなかったに違いない。後になっても渋谷村にいつも思いを馳せていたことからも、
その二重の感情は伺えるはずである。
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今年の夏は暑かった。毎日のように新聞やテレビに「猛暑」とか「酷暑」とかいう言葉が飛び交った。気象庁が今年の夏を「異常気象」と名づけて一件落着し、皆それに納得した。今夏は「異常気象」だったのである。しかし、「異常気象」と呼ばれる理由を考えると、ことはそう簡単ではないことがわかる。もし来年またこのような現象が続くなら「異常気象」と言う言葉は、今夏とは異なった現象の名前となるだろう。通常が異常になり、異常がいつの間にか通常になってしまう。とすれば、そもそも「異常」などと言うことに意味があるのだろうか。もしそれに意味があるとすれば、ああ、やっぱりそうだったのかと、その時、事後的に確認するときであろう。しかし、その納得は動かない固定した意識としてとどまることはないに違いない。人間は変わってしまうことに驚き、一時はある抵抗はあっても、それが続くとそれが普通のこととなり、それ以上は考えなくなってしまうらしい。人間はこれまでそのように適応して生きて来たに違いない。まさに「時の流れに身をまかせ」て来たのである。しかし、現今そうは行かなくなってきた感がある。限界状況に出会った時が問題なのだ。「限界状況」とは「もはや慣れることが出来ない」事を言う。その時、基準、規則、規律と言った概念自体が意味を持たなくなり、抵抗は愚か「成るように成るさ」という達観や諦めさえ意識から消えていくだろう。そんな時が近くに来ているとしたら。
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