昨晩春雷がして、本格的な春が来る感じがした。今年は春雷が遅かった。春がなかなか来なかったのだ。私にはそう感じられた。
「春雷」とは、冬に終わりを告げる雷鳴を言う。ここでは「冬に終わりを告げる」というところが重要なのである。一般には春鳴る雷鳴のすべてを指すわけだが、ことさら春雷というのだからやはり、春に聞こえる雷の全てを総括して言う言葉というより、それは冬の終わりを告げる瞬間的な雷鳴と言ったほうが、その語感からしても語彙に合っていると思う。その音を聞く人の心境にもよるのかも知れないが、冬が去って、やっと春だという感慨は「春雷」の本来の意味であって、春の到来を告げる「春一番」という表現などよりも感覚的に強く響いてくる感じがする。 Read More →

柳田国男の『雪國の春』は名著だと思う。かねてからの私の愛読書でもあった。
大著ではないが、『古事記』や『日本書紀」などの史書とは異なった、日本という国が自然とともに流れてきた歴史の経過がよく分かる書物である。それを読むと、日本が歴史的に受け入れてきた二重性、異なったもの意を問われることなく自然に併存している意味がよく理解できる。 Read More →