「忘れる」という行為は不思議な行為である。忘れることを行為であるというのには異論もあるだろうが、ここでは他に言葉が出てこないからそう呼ばせていただく。「事態」といったほうがいいかも知れない。まず忘れるというときは、必ずや気が付くということと関連しているということである。何々を忘れたというときは忘れてはいない、気がついた時なのである。つまり、気がついて初めて忘れたということが意味を持つという奇妙な関係にあるのである。そういう意味では、前に書いた「思い出すこと」と対になっていることは誰でも気がつくことではあろう。ただ、思い出すためには、思い出そうと意識的に努力する必要があるのに対して、忘れるのは自然に忘れてしまっていることが多い、ということは言えそうである。忘れるほうが思い出すより始原的で自然なことなのかもしれない。上のものが下に落ちるほうが、下のものが上に登ってくるより自然だろうからである。 Read More →