今日は 令和(2021)年2月3日立春である。
このところ「日時計の丘」のブログ活動を一時停止していたが、また復活させ新たに始めたいと思います。何故中断していたか。これといった理由はなく、私の悪い癖で、怠惰としか言いようがありません。このところ、新型コロナウィルスの流行の影響で、あらゆることが普通には行かなくなってきた、いわゆるコロナ渦に巻き込まれており、逆に現在こそ大切なこと、我が身におこってくることや考えていることについてか書き記しておく必要性を感じているのかも知れません。気分的には以前と変わりなく、まさに「徒然なるままに」ですが、他方実態としては、今までにない緊迫し緊急したことがらに見舞われているというのが実感です。書く内容は様々で各文章も雑文になってしまいそうですが、誠意と緊張感を持って書きたいと思っています。意見や感想がありましたら自由に書いて、是非投稿して見てください。よろしくお願いいいたします。

One Thought on “新たな出発

  1. 宗像眞次郎 on 2021年2月8日 at 7:35 PM said:

    ブログを再開されるとのこと、楽しみです。
    コロナもそうですし、たとえコロナがなかったとしても、わたしたちが当たり前だと思っていたことがじつはぜんぜんそうじゃない、という事実を直視しなければ、孫子の代にこの国を引き継ぐことはできないんじゃないか?そんな思いを日々強く感じます。
    医療現場で何が起きているのか?運輸・観光・外食で生きてきた人たちはどうやったら活路を見出せるのか?コロナのあおりで職を失ってしまったひとたちはどうしたらいいのか?・・・どれも重い問題でどう対処したらいいか?見当もつかない。
    そして、各国がそのように国内問題で手いっぱいのときに、かつてのナチスドイツを連想させるような異形の国家がその魔性を隠さなくなってきている。
    こういうときよく、リーダーの顔が見えない、何をやろうとしているか伝わってこない、みたいな言い方がされますが、いまの日本の仕組みだと、リーダー=総理にはなんの権限もない(あえていえば衆議院の解散権くらいだけれど、これもそのときの「世論の風向き」に無関係には事実上行使できない)。だから、よほど卓越した人間力がないかぎり、なにもできないまま1年もたたないうちに誰もが不本意に退陣を強いられる。
    と言って、他国の大統領や国家主席のような独自の強大な権限を行使してもらうのがいいのか?となると、これはこれで悩ましい。
    こういうことをすべて含めて、いまのかたちでこれからもいいのか?意識をもって考えていかなきゃいけないような気がしています。

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