冬至を過ぎ今年も残り少なくなった。このところ文章を書くのが遅くなってきたし、纏まりがなく完結しなくなった。
今年の夏休みを過ぎてから、自分の考えがまとまらなくなったのである。歳のせいもあるがそれだけではなさそうだ。ブログの文章も休みがちになった。書くことがないわけではないが、まとまった文章にならないのである。
まず「悲哀」という字につまずいた。「悲」と「哀」あるいは単純に「悲しい」と「哀しい」はどこが違うのだろう、またどう違うのだろう、と考え始めたら何かとんでもないところまで連れて行かれたのである。感覚的に違いがあることはなんとなく分かるのだが、どちらの言葉を使ったらいいのかと迷い出すと、決定するのが難しくなるのである。辞書をひくと、その違いが説明されていて分かるのだが、実際に使うとなると不思議と混乱してくる。ただ熟語にしてみると、その使用方法が違うので、その二つを単純に交換できないことは理解されてくる。例えば「哀愁」とはいうが「悲愁」とは言わないし「悲恋」とはいうが「哀恋」とは言わない。「悲壮」・「悲愴」と書くが「哀壮」・「哀愴」とは書かない。
それで、これまでに使われてきた既存の文章をさがして、その使用の仕方の違いを確かめてみようと思い、他方面からその違いを比較してみた。あゝここが違うのだ、と納得すると、またそれに反する例が出てきて、なかなかその違いは定まらなくなってくる。古語まで遡っていくと「かなし」は漢字を使わないほうが多くなってくる。それに「かなしい」が、愛しいと書かれているときもある。日本人にとって「かなし」は様々な様相を持っていただろうと想像がつく。はっきりといつからとは言えないようだが、文脈によって「悲し・哀し・愛し」等と漢語を当ててその差異を表現しようと考えるようになったとも考えられる。明治時代になるとそれが顕著になってくる。おそらく、言文一致運動とも無関係ではあるまい。
島崎藤村の『落梅集』(明治34年)にある有名な「千曲川旅情の歌」に出て来る歌詞では
「小諸なる古城のほとり 雲白く 遊子悲しむ
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暮れゆけば浅間も見えず 歌哀し 佐久の草笛
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と、「悲し」と「哀し」をすでに区別して使っている。
『梁塵秘抄』(平安末期)巻第二の仏歌廿四首の中に
「仏は常に在せども、現ならぬぞあはれなる、人の音せぬ暁に、仄かに夢に見え給ふ」
というのがあるが、ここでは「あはれ」に漢字を使っていない。佐々木信綱校訂の新訂『梁塵秘抄』(岩波文庫版)では「仏は常にいませども、うつつならぬぞ哀れなる・・・・・」と読み下し、仏への帰依を哀切に歌った、と「あはれ」を「哀れ」と解釈している。しかし、私見だが、仏が顕現しない事実を、人間の方から「哀れ」と判断していいのか、という疑問が残る、やはりどこまでもただ「あはれ」なのではないかと思う。「哀れ」と限定してしまうのは、間違っているというのではないが、近代的な解釈のように感ぜられるのである。それに、今ここで「哀」について語ろうとしているのだが、明治期以来の詩や短歌、特に樋口一様の「小説と日記」、太宰や川端の小説、小林秀雄の「宣長論」なども、この論述に関して重要な要素となるのだが、ここでは直接語らず話の外に置いている。
私の暫定的な結論からすると、「哀しい」は、当事者自身の直接的な感情の表現ではなく、それを見聞きしてその状態を共感を持って感受し表現しようとしている者の個的で、私的な感情表現ではないのか、ということである。その結論は「子守唄」の研究、あるいは、いわゆる「哀史」と呼ばれる書物、細井和喜蔵の『女工哀史』、高井としをの『わたしの「女工哀史」』、渋谷定輔の『農民哀史』、神津善三郎の『教育哀史』、山本茂美の『あゝ野麦峠』それに松永伍一の『絶望の砂時計』『一揆論』『日本人の別れ』、それに一連の「子守唄」研究、ずっと以前に読んだ、大牟羅良の『ものいわぬ農民』などを回想しながら、また今年読んだ「平安・鎌倉私家集」からの影響もあって、素直にそう思うようになったのである。
今年の後半は「哀」という字に引きずられ、それが生活にまで食い込んできたような気がする。多くの友人・知人が亡くなったこととも無関係ではないことは確かであるが、世界が世間が何か自分と疎遠な関係になってきたように感じ始めたことも大きいように思う。現代は、世界史的な転換期にきていることは確かだが、矛盾しているように聞こえるが、「転換期」に思いを馳せながら、この暮れは「忘却」という言葉にかけて来年を迎えたいと思う。
皆様、よいお年をお迎えください。
「悲しい」と「哀しい」はわたしも意識して使い分けています。違いについての、先生のおっしゃることも共感いたします。「悲しい」はそのひとの固有の事情からくる精神の状態であるのに対して、「哀しい」はもっと普遍的というか、他者なり状況なりへの共感からくるこころの陰りだと思います。
いまは「転換期」というご指摘がありましたが、わたしはようやく足が地に着いたリアリズムが定着してきた、と肯定的にとらえています。これは、これまでのように教条的な観念の世界に安住することを国際情勢が許さなくなってきた、という、一種の外圧もありますが、新聞・テレビ等による世論操作に惑わされない若い人が増えてきたことは心強いことだと思います。
それはそうと、今年もいろんな面でたいへんお世話になりました。来年もまたいろいろ教えてください。