子どもたちが遊ばなくなった。遊べなくなってしまったのだ。子どもが遊ぶ施設は以前より充実し、危険性にも考慮がなされている。にも関わらず、子どもたちの遊ぶ姿が減っていく。社会が子どもたちから「遊ぶ」という機能を奪っているからではなかろうか。おそらく本当の「遊び場」がないのだ。
いや「遊び場」が機能していないのだ、というよりそもそも子どもたちが遊ばなくなったのだ。

五月は新緑の季節。濃淡の緑がいかにも美しい。特に神社のある境内は老木の松や杉、それに楠の緑がその境内の雰囲気に明るささえ付加してくれている。ただ、境内は震撼として人がいない。階段を登ってくる人も降りる人もほとんどいない。自動車も通らず危険な場所ではないのに大人も子どもも集まらないのである。神社や寺の境内は今や子どもの遊び場ではない。子どもの遊び場はどこへ行ってしまったのだろうか。
現在、小中学校の場合学校の授業が終わった放課後、部活とか言って、学校の体育館や校庭でさまざまなスポーツをやるか、音楽室で合唱かブラスバンドの練習をやっているという。制約された活動であり、自由に遊んでいるのではないらしい。ある時間が来て、それが終わったら家に帰ってゲームをしているのだという。途中で寄り道をすることもなくなり、最近公園にさえ行くことが少なくなったらしい。つまりいわゆる自由な「遊び場」なるものが必要なくなったのである。登下校の道路は自動車事故に遇う可能性があるし、道草を食って変な場所に行くと危険だから、学校から家までどこも寄らずにまっすぐ帰ってもらいたいと、ある小学校の教員が強調していた。偶然性がもたらす喜びはなく、直線距離だけを歩かされ、いつも何かの成果を要求される。まさに「遊び」が疎外されているのである。
確かに時の流れとともに、世相は変化する。おそらく有史以来その流れが停止したことはないに違いない。しかし現在ほどその変化の質が変り始めたのは何か恐ろしい予感がするほどである。いつの時代も老人や大人がいてそれに次いで中年の世代があり、若い学生や子どもがいる。その関係はそれほど変わっているとは思えないが、外界の変化に翻弄されて、自分自身の意識の中に自分自身だけでは解決できない課題を持ち込んでしまった、という意識を拭い去ることは出来ない、という負荷がわれわれを悩まし始めている。そこが問題のように思える。しかし、その問題を直接ここで取り上げると、真っ当で具体的な議論ができなくなる恐れがあるので、直接には論じないが、結局最終的には現代直面している人間の自意識のありかたに関わっていることだけは手放さないよう注意しておきたい。
ここでの話のきっかけは、現今いわゆる以前から普通に言ってきた「遊び場」が無くなり意味を持たなくなったということであった。簡単に言うと、公園なり建物の屋上なりに、ある空間を作って、遊び道具の設備を整えて、子どもたちにここで遊びなさい、というような施設が作られるようになったと言うようなことである。たとえばまちなかにある公園には砂場があり、すべり台が設置され、鉄棒やブランコが作られ、場所によってはかなり広いボール遊びをする広場もある。いわゆる子どもたちの遊び場である。回りは樹木もあり、道路から隔たっているため交通事故の危険性もない。全てが整っているのである。しかし、あまり子どもが遊んでいるのを見たことがなくなってきた。場所のにもよるが、ちいさな子どもを連れた母親たちが子どもを連れて一緒に遊んでいるぐらいが関の山だ。これでは、その場所は遊ぶ施設ではあるが、いわゆる子どもたちの「遊び場」ではなくなってしまっているのである。遊ぶ施設が良く出来ているから、子どもたちが遊ぶと限らないのである。特に小中学生の頃の行動は微妙だ。おそらく大人が考えるようには、こどもは遊ぶ気になれないのだろうと、思う。すぐ飽きてしまうのである。遊びには特殊な自由が必要であり、それは時には危険さえ伴うような自由であるから難しくなる。以前の「遊び場」にはその自由があった。善悪の微妙なバランスがとれていた。喧嘩も起きたが友情も芽生えた。「遊び場」の条件は施設の良し悪しではない。遊ぶ自由の意識の強度が必要なのである。おそらくこの問題は子供だけではない、青年や大人にも当てはまる厄介な問題なのである。人間は「遊べ」と言われれば遊ばないし、「遊ぶな」と言われると隠れても遊ぶのである。
現在深刻な問題になりつつある「いじめの問題」も基本的には子どもたちが遊ばなくなったことに遠因があるように思える。いや遠因があるのではないそれが原因そのものなのだ。
現在は、遊ぶことそのことが禁止されているようになってしまったようなところがある。子供だけではない大人が遊ばなくなったのである。遊べなくなってしまったのである。その現象は逆からも言える。遊ばなくなったのは、真面目に生きることが馬鹿らしくなってきたのだ。つまり、遊ぶ必要がなくなってしまったのである。遊ぶことが馬鹿らしくなってしまったのである。終末というより他にない。

One Thought on “子どもたちが遊ばなくなった

  1. 宗像 眞次郎 on 2017年5月4日 at 10:40 PM said:

    読みながら、じぶんの子供時代のことを思いだしました。当時は近くに公園も遊園地もなくて、小さな市営住宅とか、いつ壊れるかわからないような粗末な住居とかがひしめいていました。
    遊び場は、近くの「空き地」と「道路」。空き地を使うときは隣の集落の子たちといつも競争だった。リーダー格のひとから「・・・のやつらが来ないうちに〇△●に集まれ」とよく招集が下ってた。空き地では野球、道路ではドッチボールか「けんけんぱ」が定番だった。道路を占領して遊んでもだれからとがめられることもなかった。車の通行が満足にできないような狭い路地だったせいもあるかもしれません。
    そこで野球やドッジボールをやるのは、今から思えばぼくらの「社会生活」だったのかも知れません。近所の子たちが集って野球をする。原則として全員参加。そこでは、年長者と下級生、野球のうまい子と下手な子の間には明確な序列があった。年長の子のいうことは絶対。そのかわり年長の子は、まるで任侠道のように後輩たちのうちの「弱きを助け」ることに気配りする。野球をやれば、上手い子には皆「一目置く」。ぼくらは、上級生になって「後輩の世話を焼く」こと、「うまくなってまわりの尊敬を集める」ことを目指して真剣に努力を重ねた。ホイジンガのいう「ホモ・ルーデンス」とはこういうことを言うのかな、とあとになって思ったり・・・
    そこまで思いがめぐって、今の子が塾に通ったり課外活動で汗を流すのは、ひょっとしたら、それが今の子たちにとっての「遊び」なのかな・・・すくなくともそう思わなきゃ「やってらんない」のではないかな?・・・・ふとそんなことがアタマをよぎりました。
    親に強制されて塾に通う、習い事をさせられる、でも「させられている」と思うかぎりやる気はわいてこない、じゃあ、ゲームとしてやってみようか・・・無意識のうちにそのような思考が働いているのではないか・・・・かなり突飛な想像ですが。
    こう書くと、井口先生の書かれたものと違う結論に見えるかも知れませんが、わたしは先生のおっしゃる「遊びには特殊な自由が必要」というご指摘にすごく共感を覚えます。この自由というのは、現実の制約から自分の精神を解放させようとする一種の闘争としてとらえられるのではないか、と想像しています。

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