新暦の一月はまだ寒い。しかし、正月を過ぎると「七草粥」「どんど焼き(女正月)」が来る頃になると、春への思いが強くなってくる。私はなぜか、春は来るのではなく待つものだという思いが子供の頃からあった。理由はよくわからない。ただ、「夏は来ぬ」とか「秋が来た」あるいはすぐ「冬が来る」とかは言うが、もう「春が来た」とはあまり言わないような気がする。「春よ来い、春よ来い」という歌も、内実は「春を待っている」歌である。「春が来た、春が来た、どこに来た、、、野にも来た」という歌詞も「待っていた春」がやっと来たという感じがするのは、私だけだろうか。

「春待つ季節」の花は梅であろう。梅が咲き始める頃はまだ寒いが、梅が咲き始めると春が近い感じがしてくる。私の好きな芭蕉の句に「やまざとはまんざい遅し梅の花」というのがある。山里に万戈がやって来るのは遅い、しかし村人はそれをいつ来るかと長いこと待っているのだという奥ゆかしさのある句で、秀句とはいえないかも知れないが、心に残る句である。私が育った村の優しく剽軽で、時には奇人とさえ呼ばれた村長さんは自分の句集を作って、近所の人に配っていた。父が頂いた句集に、妻が亡くなった時に作ったという「惜しまれて梅散る里の慈善院」と言う句が載っていた。読んだのは中学生の頃だったが、その句はどうしてか私の記憶から消えたことがない。それに芭蕉の句と村長さんの句がいつも重なるように蘇ってくるのである。それは私の中で「梅と里」という二つの言葉がどこかで結びついているからかも知れない。
桜は公園や川に沿った道や土手に並木のように植えられ、堂々と表に出て咲く花となった。特に近年はその傾向が強い。新しい桜の名所も多く生まれてきた。それに対して梅は裏庭でひっそりと咲いていることが多く、その花は白くどこかさびしい。桜も梅も美しいがその美しさは対照的のように思える。二つが同時に咲かないのがいいし、並んで植えられることもほとんどない。それは日本人の無意識がなせる技かもしれない。「桜切るバカ、梅切らぬバカ」と言われるし、桜に比べると成長も遅々として遅い。それに梅の花は寒さに耐えながら咲いているようなところがある、辛抱強いのである。
私の祖父と粗祖父の俳号は「梅枝」と「梅久」だったと父から聞いた。村里にある菩提寺の「増泉寺」という小さな寺に二つ句碑が建っている。そこに行くといつも自省の念に駆られる。私は才もなく粗野な人間で、そういうところからはみ出してしまった存在で、路地裏を歩く日陰者、足元の定まらない漂泊民になってしまったが、その村里の出身だという自負のような感情は今でもどこかに残っているような気がする。私がふるさとにこだわり、春待つ季節にこだわるのもおそらくそのような縁によるのかも知れない。「引かれ者の小唄」「花の咲かない枯れすすき」に輓かれるのも同じ理由のようだ。仕方なく人前に出ることはあるが、気分として、堂々と表が歩けないのである。
今回は、私事のようなことばかり書いてしまったが、それが今の心境である。梅が咲き始める頃はどうしても私はそのような心境になってしまうのである。ご容赦願いたいたく思う次第である。
次はニーチェの「強さ」について書きたい。

One Thought on “春待つ季節

  1. 今年もよろしくお願いします。
    梅と桜というのは対照的な趣きがありますよね。わたしも、まだ寒い季節にけなげに花を咲かせて来るべき春を予感させてくれる梅の木のたたずまいが好きです。桜はそれに比べると、暖かくなってから派手に咲き誇って、まるで「主役はわたし」と主張しているかのような趣きがある。「自己顕示欲」とまでは言いませんが(笑
    世の中には、「いまの私があるのはこれまでのじぶんの努力の賜物」とでも言わんばかりに、じぶんの来し方を誇り、自信満々で他のひとを見下ろすような生き方をしているひとがとても多いと思います。
    でも、ながい人生を歩むなかで、まわりのひとに迷惑をかけたりひとのこころを傷つけたり、といったことがなかったひとなんておそらくいないでしょう。そういうことを思えば、「堂々と表を歩ける」ひとは、どこかでじぶんをごまかしているのだと思います。
    生きていくうえで、ときには「強い人間」を演じなければいけないときもありますが、こころの繊細さを失いたくはないな・・・。
    記事をお読みして、そんなことを思いました。

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